ラカイン州のパオ瞑想センターで、伝統的近代スタイルの托鉢?……をしてきました

森の中のパオ瞑想センターに見学に行ってきました。

パオ瞑想センターと言えば、モーラミャイン(モン州)にある総本山が最も有名ですが。
支部は全国に沢山あり、今日はその中の一つ、ラカイン州(アラカン州)にある瞑想センターを訪問してきました。

建設中のクティーがあちこちに見られる

全国各地にあるパオ系瞑想センターは、どこもとても発展していて、非常にきれいなクティー(修行者が暮らすロッジ)が無数に建てられており、修行者も1000人以上いるといったような大規模感がありますが、ここは違いました。

暮らしている僧侶は5人だけ、ティラシン(尼さん)と在家修行者を入れても全員で10人ほどで小規模。

クティーも少なくまばらで建設中のものが多く、全体的にこれから発展していく感じです。

逆にこの閑散感と静けさが良いという人もいて、私もそのタイプです。

スマートな托鉢

この瞑想修道院は人里遠く離れているため外に托鉢に出ても食べ物は手に入りまん。

そこで施設内の厨房で、カピヤ(僧侶や尼さんの世話をする係の方々)が調理をしたものが出されます。

この瞑想センターではこれを托鉢とよぶ

ビュッフェスタイルで好きなだけご飯とおかずを自分の鉢によそっていきます。

よそり終わるとお鉢の中はこんな感じに。
肉、魚、野菜、ご飯がバランスよく盛られました。


その修道院によっては採食主義のところもありますが、この修道院では肉、魚はOK。
ベジタリアンの方は、肉魚を選ばなければ良いのです。


実はミャンマーの修行者でベジタリアンは少なくありません。
ほとんどの瞑想センターはココのようなビュッフェスタイルではなく、すでにテーブルにおかずが数種類並べられていてそこに着席します。
しかし、そのスタイルだとベジタリアン用に別のテーブルとおかずを準備しなくてはならないので準備するものにとっては手間となります。

ココのビュッフェスタイルなら、本人がおかずを選べばよいのでスマートです。

近代的であり伝統的……どういうこと?

この修道院の僧侶の食べ方は、仏教比丘の伝統スタイルで食べます。
いったいなにが伝統式なのでしょうか。
これまでのところ、スマートである意味近代的でしたが。

食べる前にわざと混ぜる

それは、お鉢の中をぐちゃぐちゃにかき回してから、で食べるという作法をとっているからです。

お釈迦様の時代、托鉢に出ると鉢の中は、ご飯もおかずもスープも一色単にぐちゃぐちゃになりました。

「おかずと汁物、それぞれ分けてくれよー」

なんてこだわり要求するのは、僧侶としてふさわしくないとされたのです。

なのでどのようなオカズが鉢に放り込まれようが、それが混ざろうが気にせずに心平安のままいただく。というのが修行僧侶としてのふさわしい姿勢だったわけです。

ということでグチャグチャ混ざったご飯を手でいただいてみます。

手で食べるのは慣れるまでは難しい

うん、大丈夫。
これはこれで、とってもおいしいです。

たとえるなら韓国ビビンバ。
ちゃんと味が繋がるような素材が選ばれて混ぜられている。
ここのおかずも味の系列が同じなので混ぜてもちゃんと美味しく調和するんですね。

それに何より、この瞑想センターの調理担当者は腕がいい。

しかし、いつでもこのように美味しいわけではありません。
系統の違う食べ物が混ざったりすると食べれる代物ではなくなります。

例えば仮に、ケチャップあるいはマヨネーズをこの上からかけたとしましょう。
一瞬で残飯のような代物と化し、口にすると不味過ぎて食べるのが苦痛でしかなくなります。

ケチャップ、マヨネーズ自体は美味しくて悪いものではありませんが、食文化の違う味の系列と遭遇すると酷いことになります。

本当にたまにですが系列の違うおかずが混ざり合い食べるのが苦痛になることがあります。
しかし、そのようなときはその「嫌がっているこころ」を、美味しいときは「好んでいる心」を観察しながら食べるのが比丘の修行になります。

修行者は食べているときも真剣勝負の修行をしているので美味しかろうが不味かろうがどちらであろうが関係ありません。

食は楽しむ為にするものではなく、健康を保つのに必要なエネルギーを摂取するだけのための修行時間となります。

食べ物を残すのはOK 問題ありません!

ミャンマーでは、食べきれなくてご飯おかずを残すことでヒンシュクをかうことは全くありません。

逆に残したご飯おかずを野良犬や野良動物に施すと、慈悲喜捨のある人と見なされ「良い人」というラベルを張られます。

私もこの日食べきれなかったご飯を、その辺にいた初めて会ったワンちゃんに施しました。

「良い人」に見られたいからではありません。

ワンちゃんと交流はカケガイのないもので、一日に一度は必要なのです。

そこにいたワンちゃんに残ったご飯を与えた

食後に出されたお菓子

食後にはデザート的なお菓子も出されます。
大概のミャンマーのお菓子は砂糖が強烈に入っていますので私は口にしないのですが、今日はなんだか気にかかるお菓子があったのでいただいてみました。
そのお菓子がこれ⇓

日本にも同じ黒糖味のお菓子がある

むむ!
これは日本でも幼少時代に食べたことがあるようなーーー!

パクッ

わーーーー。 懐かしい!

日本にも全く同じお菓子がある。

昭和の記憶が蘇る。

でも名前が思い出せない。

なんせみゃんまーに来て以来日本のお菓子など食べてないし、ましてこのお菓子は何十年も前、子供のころに食べたきり。

名前が思い出せなくてずっとモヤモヤ状態。しかし帰りの道中やっと思い出しました。

「おこし」だー。

日本でおこしを食べて美味しいと感じたことはなく、何十年も口にしてなかったけど、ミャンマーでいただくおこしはなぜかとても美味しい

味は同じでとっても素朴。

場所や環境が変わると、味覚や味わい方が変わる。

へんなケミカルが一切入ってない自然で安全な味。

ちなみに今日いただいたのは黒糖風味のおこしでした。

食べる修行は楽しい

一切会話をかわさずに、ただひたすら食べることに集中するミャンマーの修行僧。

ひつこいですが食べている時間はれっきとした修行タイムです。

食べている自分の動きと、自分の心をよく観察しながら食べていると、毎回毎回新しい発見があり、それがとても楽しく感じます。

厨房であとかたずけをしていた尼さんたちにお礼をいって瞑想センターを去った

食後はお坊さんや尼さんたちといろいろ談笑しましたが、皆が「いつ来てもいいし、ずっと住んでもいいよ!」といってくれました。

とにかく、ミャンマーの仏教関係者では悪い人に会ったことがありません。

時々この様な僧侶の暮らしもブログで紹介させていただきます。

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