Inoue様からのご支援金でラカイン州北部の難民キャンプで苦境に陥っている子供たちを支援してきました

2022年3月

 Inoue様による支援、救済金を持参してラカイン州北部地域に様々な場所、人々を訪問してきました。

この地域は民族紛争、政治紛争が絶えず起こっている場所ですが、よく取沙汰されるのが

今回メインに訪問したのは②の戦争で

ですがその前に………。

難民キャンプに向かう途中、「マエー」という町に寄り道したい所があり行ってみました。

ラカイン州には珍しいサマネラが暮らす寺を訪問

 寄ってみたかったのはマエーという街にある修道院。

ここではラカイン州では珍しくサマネラがまとまって出家暮らしをしているとのことで、訪ねて見ると確かに十数人のサマネラが共に暮らしていました。

こういった子供の出家者が暮らす修道院は、ミャンマーの他の州ではいくらでも見られる風景ですが、ラカイン州では非常に珍しい(大人の出家者ですらラカイン州は少ない)ので、記念写真を撮らせて頂いたあと、全員にお菓子代をお布施してきました。

現金など手にすることは、ほとんどない彼らにとってとてもありがたいお布施となります。

このお寺の境内には「カマクラジャパンパヤー」と呼ばれている鎌倉大仏を模した大仏が設置されていて、人気があって多くの人々に参拝にされています。

あんまり鎌倉大仏には似てないなー……(笑)

最初の難民キャンプに到着

 その後、北部地帯にバスで移動すること数時間。

M・Uという街に到着。(アンチ勢力に活動地を特定されにくくするために地名を省略しています)

この M・U の町中や周辺には難民キャンプが至るところにあるのですが、その中の2箇所を選び訪問しました。

自分の村の家を焼かれてしまった人々が暮らす難民キャンプ

一か所目は、 M・U の町の一角にあるキャンプですが、ここが最も貧しく、最も汚いと聞いたので行ってみました。

行ってみると沢山のバラックが密集していてかなりの混沌感があり、確かに「不衛生感が伴った汚臭」が漂っていて、とりあえずはこのような場所でしか生きる場所がない境遇にいる人々に同情が湧きました。

本来は、自分の村の緑あふれる豊かな土地で、畑を耕したり家畜を育てそれなりに健やかに健全に暮らしていた人々なのです。

それがただ不運だったというだけで、政治的な紛争に巻き込まれて悲惨な状況に追い込まれているのです。

Inoue様からのご援助を困っている方々に配布

 預かってきた救援金を特に困っている方々を探して受け取っていただきました。

手を負傷してしまった子に50000チャット
お願いした訳ではないけど自然に笑顔をくれました。

非常に汚れた服を着ていた子に服代として30000チャット
こちらの子は、母親を亡くしているということであまり誰かから世話をされてないようだ。

足に火傷を負ってしまった子に30000チャット
こちらはお坊さんが珍しいらしく大泣き!

口唇裂の子に治療費として30000チャット

うーん、可愛いい!

親を亡くしてしまった子を世話しているおばあちゃんに30000チャット

写真の中で日本人比丘がマスクをしているのは、感染症対策もあるのですが、面が割れないためでもあります。


外国人がこのような活動をすることを嫌う人々がいるということなのです。

二つ目の難民キャンプ地へ

約400件の仮の家、安価な燃えやすそうな素材でできている

 二か所目に訪れたのは、 M・U からラカイン州の首都シットウェーに向かう途中にある難民キャンプ地です。


こちらは、難民キャンプの中でも最大規模ということで、391世帯、1691人の避難民の方々が暮らしています。


規模が最大とはいえ、最初に訪問した混沌感のある難民キャンプとは雰囲気は打って変わり、全体的に整然としていて落ち着いた感じがしました。

まるで日本の時代劇映画に使えそうなキャンプ村の落ち着いた雰囲気

あちこちのおうちの中を覗かせていただいたら、ちょうど食事中のご家庭がありました。
昼食でしたが、見るとおかずは無し、ご飯に味のついた汁をかけて食べていました。

「キャンプ地の暮らしはどうか」と聞いてみてみたところ、すべての建物がその場しのぎの家なので安価な燃えやすい材料でできていて、うっかり炊事中に火が移り、火事までいかないまでもボヤ騒ぎが時々あり、まったく油断できないとのこと。


そんなお話を聞いている間にも子供が入れ替わり立ち代わりやって来て、ご飯を食べていました。


こちらは子沢山のご家庭とのことで、食事風景を見学させて頂いたお礼に30000チャット(Inoue様からのご支援)受け取っていただきました。


子供達に栄養のあるものを食べさせて上げてくださいとお願いして。

お父さんに封筒を渡す比丘

菩薩活動をしているサヤド(和尚様)と会う

 2箇所の難民キャンプを訪問したあとに、 M・U 市内にあるパラヒタチャウンを訪れました。


パラヒタチャウンとは、日本語に言い換えるとするならば、菩薩活動(無私の慈悲活動)をしているお寺とでもいいましょうか。


こちらのお寺では、境内の中に無料診療所を開いているのですが、同時にその施設内でミシン教室とコンピューター教室を設け、人々に無料でトレーニングしています。

境内にある無料診療所

医師は常駐はしていないが定期で診察しにやって来る

ミシンはかなりの台数が置かれていた

サヤドにお話を伺って見たところ、これまで助けてくれていた海外の慈善団体が、コロナと◯ーデターが起きてからパッタリ支援が止ってしまい、そうすると一番困るのは、職員に払うお金がなくなり半分以上の職員を解雇せざるを得なかったとのこと。


残った職員の給料も削減せざるをえず、それでなんとか活動が続けることが出来ているとおっしゃってられました。

政治的な背景からこのような慈悲活動をする者を嫌う勢力もいて、場合によっては捕まって酷いことになる事もあり得るのですが、そんなことも恐れずになんとか仏教的な無私の菩薩活動を続けることに意味を見出そうとするサヤドの姿勢にいたく共感しました。


そして、Inoue様からのお布施10万チャットを渡しながら、子供が診療を受けたときの治療費、薬代などに使ってくださいと伝えました。

様々な気づきのあったラカイン訪問

今回、ラカイン州の南の端から北部地域にかけ、広範囲の場所を訪問し、多くの人々と出合い、お陰様で多くの気づきがありました。


例えば、わたくしの側にもっと活動力があれば、口唇裂のお子さんをヤンゴンなどの大きな病院に連れていき、治療の手術を受けてもらう、ということもできるのです。

それから「ミャンマーの奇跡」がラカイン州にも健在だと言うのが分かりました。ミャンマーの奇跡とは私が勝手に作った言葉ですが、何処へ行こうが、何を渡そうが、幾ら渡そうが、どうであれ徹底的に喜んでくれるということなのです。

こんな物を渡して良いのだろうか、この金額は多すぎないか(あるいは少なすぎないか)と色々難しく考える必要はないのです。


今回得ました多くの気づき、学びは今後の「スジャータ子ども支援活動のプラスにします」と心の中で皆様に誓いながら、ラカイン州から一旦離れることにしました。

ここは、外国人があまり永くいてはいけないところです。

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